解説
鈴鹿山地、鈴鹿山系等と呼ばれる鈴鹿の山々へ、一人でも多くの方々が歩き、親しみ、上達し、そして鈴鹿をこよなく愛好して頂くために、可能な限り山懐深く分け入って、ハイキングコースの紹介に努めました。そしてその様な、本書の意図するところを御理解頂くために、その活用法について記しました。
1 鈴鹿山地
地図を見ると、伊勢湾と琵琶湖の間に、さほど広くない山域が拡がっています。それでも関ヶ原町から亀山市にかけて南北約五十五キロ、四日市市から八日市市にかけて東西約二十キロの範囲があり、その周囲を国道や交通機関が取り巻いて、東海・近畿の双方からアプローチし易く、標高千二百メートル台を上限とする緑豊かな山々と、山裾を流れる清冽な谷川の間には、網の目のように車道や林道が通じて、車で登山口へ近づけば、総ての山が日帰り山行の対象となります。ところで「鈴鹿で始まり鈴鹿で終わる」という言葉を時折耳にします。これは多分山岳会等で活動する登山家仲間の表現と思いますが、中高年になって山歩きを始めたような一般のハイカーにも、適切な山への取り組み方をすれば、四季折々の自然の情景や見所を、分け隔てなく与えてくれるのが「鈴鹿の山の良さと魅力」であり、これらについて、コースガイドを進めながら、出来る限りお伝えしたいと思っています。
2 鈴鹿の山とハイキングコース
鈴鹿山地には、名のある山が私の知る限りでもゆうに三百は超えています。その中には、誰でもご存知の「御在所岳」もあれば、地図にも文献にも無く、里の集落だけで通じる「一の倉」等といった山もあります。そしてどの山にも、二つや三つの山仕事等で麓から山頂へ歩ける道があり、二桁以上の登山道を持った山も多く、全体では千ルート近くは数えられる筈です。そこで問題になるのが、本書で紹介する「ハイキングコース」との関連ですが、ハイキングを「一般のハイカーが、特別な装備もなく、登山靴だけで安全に楽しく歩けるルート」と定義付けるなら、岩登りや沢登り、そして危険過ぎたり複雑過ぎる登山道を除いた絵てが「ハイキング道」に成り得るわけです。しかし一方では、鈴鹿で最も人の歩く「御在所岳裏道」でさえ「道に迷って山中で一夜を明かしたツアー客」と報道された様に、東海自然歩道の様に整備された登山道は、鈴鹿には殆どありません。あるのは一部の整備された登山道と巡視路の他は、明瞭と不明瞭の交錯する山道や踏み跡、道は無いが歩くことの出来る尾根や谷沿い、道も視界も消えて、地図(方位)読みだけで一定方向へ歩く部分、等の混在するのが「鈴鹿のハイキング」なのです。従ってある程度の危険や複雑さは伴います。時には「日本百名山を歩くより鈴鹿は難しい」という話すら聞きますが、それでも山の会等に参加して、案内者について歩く初心者は、殆どの方が嬉々として歩き通しています。誰でも恐れることなく、挑戦し山慣れていけば、案内者を頼らなくても自由に歩ける時がきっと来る筈です。
3 本書の特徴
本書は鈴鹿の山を対象にした「ハイキング」の案内書です。鈴鹿の山とハイキングコースの特性については前項で触れましたが、例えば鈴鹿には三百の山と、一般向きにハイキングの可能な六百のルートがあるとすれば、これらを総てとはいいませんが、歩く価値のある山とルートを精選して、本書で収録した百コース(約百六十山・二百ルート)を、更に充実させていきたいと思っています。ところで総てのコースが「バリエーションルート」と言ってもよい程の、複雑な道筋ばかりの鈴鹿のルートを、山慣れた上級者はともかく、自身で地図読み、ルート読みの経験が浅い初級者や中級者にも、理解し易く利用し易い案内書を実現する為には、どのような手法が必要か、ということが当初からの命題でした。「点と線」という題名の推理小説がありましたが、山歩きは明らかに「線」を辿る行動です。従って線の行動を部分的な「点」で案内すると、整備された登山道の往復だけなら良いとしても、そうでないルートでは、案内書の役目を果たさない場合も生じます。そこで本書が「線の行動を線で案内する」ために取り入れた、幾つかの特徴を以下の項で記しました。
4 地図による案内
本書の最大の特徴は、見開き二頁に一コースを纏め、左の一頁に地図を配して、その中へコースガイド(歩く情報)を可能な限り記述したことです。これによって本書の地図は、一般的な概念図ではなく紙面全体にコースを拡大した中へ、方位と縮尺度を入れて地形図と同じ機能を持たせ、その地図を持ち歩くことで、常に現在地と情報を対比しながら確認出来るので、複雑な鈴鹿のバリエーションルートの案内書が可能になった、と考えています。
5 文章と写真
見開き二頁の地図に対応させて、右頁には文章と写真を配置しました。本書は地図によるガイドを主にしていますが、それを補足する文書や写真も重要です。その役割の一つとして、山行計画やイメージ作りのために、コース毎の特色や見所を、冒頭の十数行で紹介しました。また地図に記した簡潔な字句だけでは、理解しにくいとか不十分と判断した時は、文章で補足説明なり強調を加えています。一方写真も重要な視覚情報ですが、紙面の制約と、文字による情報を重視してコースごとに一枚のみとしました。但し山容(山の姿)以外にも、コースの見所や特徴や風景も多く取り入れました。
6 目次・概念図・道路距離表
コースの内容を総合的に御理解頂くために、本項(解説)の他に、目次と概念図と道路距離表を設けました。「目次」は、第一部県境稜線・三重県山城編と第二部岐阜県・滋賀県山域編に区分し、北から順に並べました。但しこれは山の位置条件だけの区分で、これを登山口と主たるルートで区分すると、一部と二部の数は正反対になります。
.「概念図」は、鈴鹿山地全体の中で、山と登山口とアプローチの概略的な位置を示しました。
「道路距離表」は、車を利用する場合の資料として、別項「鈴鹿山地のアプローチ」に関連して作成しました。尚各々の資料とコースごとの地図には、コース番号を付けて、照合対比しやすくしました。
7 一般情報について
コースごとの地図欄に、一般的な情報として、所要時間(歩行時間・総時間)、所要時間ランク付け(難易度・安全度・体力度)、取材日(山行した日)の三点を収録しました。
① 所要時間
山行の目安となる所要時間(歩行時間と総時間)を、取材記録に基づいて表示しました。平均的な中高年グループを前提とすれば、ほぼ妥当な数値と思いますが、人数とか季節とか経験度等でかなり変動しますので、自分なりに記録して「標準時間」を設定してみて下さい。
②
ランク付け
山の案内書では「ファミリー向け・一般向け・経験者向け」等と、一律にランク(段階)付けしますが、鈴鹿の場合は、もう少し細分化して、難易度(道が解り易いか迷い易いか)安全度(危険な箇所が少ないか多いか)体力度(楽に歩けるかきついか)の度合いによって、安心出来る順に、AからDの四段階でランク付けを行いました。
③ 取材日
情報は新しさに価値があるのは当然として、本書のコース情報は、地図上に細かく丁寧に表示しているので特に重要です。但し新しさにも限度がありますし、僅か数年で地形的な状況が変わることもありますので、コースごとに記した「取材日」を参照頂き、何時頃の情報かを知りながら、案内書との相違に対応して頂ければと思います。
8 鈴鹿山地のアプローチ
交通機関の駅や車の駐車地から、登山口(取付点)迄の歩きを「アプローチ」と言いますが、鈴鹿の山の日帰り山行を対象とした本書は、総てのコースを、出来る限り登山口に近づいた駐車地から、アプローチ時間を含めて、所要時間を設定しています。車を利用しないで、交通機関やタクシーを用いることも可能ですが、特に鈴鹿山地の奥行きが深い滋賀県側では、費用や手配等で難点があります。また現在は車社会で、都会でも五人集まれば一人くらいは車の所有者がいますし「山の会」等でも駅に車が集合して、相乗りして駐車地に向かう方法が一般的です。但し鈴鹿山地の県境を越える場合は、鞍掛峠、石榑峠、武平峠を通過する国道が、冬季の十二月から三月の間、通行止めになることに留意して下さい。
9 地形図と磁石の携行
次頁でも触れますが、本書の地図とは別に、地形図(二万五千分図・国土地理院発行)と磁石は、山歩きでは必携の用具です。地形図には、本書の地図で記載しない、等高線・尾根筋や谷筋の地形等があって、現在地や方位や地勢の確認、時にはコースを外れた時の修復や、エスケープの手掛かりになります。そして更に重要なことは、山歩きを上達するためには、地形図を読み慣れることが必要ということです。一般的に鈴鹿山地の地形図は次の十二枚です。
1 霊仙山(霊仙山・関ヶ原町南部)
2 彦根東部(彦根・米原周辺の山)
3 篠立(御池岳・三国岳周辺)
4 高宮(鍋尻山・高室山周辺)
5 竜ヶ岳(藤原岳・竜ヶ岳周辺)
6 百済寺(日本コバ・押立山周辺)
7 御在所山(御在所岳・雨乞岳周辺)
8 日野東部(綿向山・銚子が岳周辺)
9 伊船(鎌ヶ岳・入道ヶ岳周辺)
10 土山(サクラグチ・西山周辺)
11 亀山(明星ヶ岳・羽黒山周辺)
12 鈴鹿峠(那須ヶ原山・高畑山周辺)
なお、本書で紹介した「錫杖ヶ岳」のみは、地形図「平松・椋本」です。
10 山歩きの安全
山歩きで大切なことは「安全に楽しく」ということです。健康維持の目的で歩く中高年者が、いつも「怖い思いをして命からがらに歩く」のでは困るわけです。そこで本書は、さしたる登山の技術や経験がない人でも、安心して歩けることを基準にして、ハイキングコースを選定していますが、そうかと言って、鈴鹿の山でそれを厳格に適用していくと、今度は「安心して歩けるコース」は、限りなくゼロになってしまいます。つまり鈴鹿を歩こうとする限りは、ある程度の「怖い思い」に直面することは避けて通れません。それを克服することで、鈴鹿の山歩きの楽しさ、つまり自分好みの趣味の世界が拡がるというものです。では「怖い思い・危険な思い」とは何を指すのでしょうか。それは「道に迷うこと・怪我をすること歩けなくなること」の三つで、それがランク付けで示した「難易度・安全度・体力度」に相当するものです。そこで本項では、鈴鹿を歩き慣れた上級者の方には「釈迦に説法」ですが、初級者とか鈴鹿を歩き慣れない方々のために、私なりの「安全対策」について記してみました。
A 道迷いの対策
鈴鹿の山で最も重要な安全対策は、「道に迷わず歩く」ことです。言い換えれば「道に迷って下山口へ戻れなくなり、山中で一夜を明かしたり、運悪く凍死や滑落等の遭難を招く」ことを防ぐ為に、総ての人が、道に迷わないように心掛ける必要があります。ところで本書のコースは、総て実際に歩いて作成したものですから、地図と文章を正確に辿って頂ければ、例え初心者の単独行でも、迷わず歩ける筈なのです。しかし理屈通りに行かないのが山歩きです。例え地図を手にして歩いていても、山中は同じ様な光景が続き、広い登山道から、藪に隠れた踏み跡へ曲がり込む様な紛らわしい分岐も多く地図の情報を見過ごしたり、正しく対応出来なかったり、地図のルートを外れても気づかなかったり、迷いそうになってから地図を聞いても、現在地との照合も出来なかったり、あるいは地図自体が解りにくかったりして、間違い易い要素は幾らでもあります。それに初めて歩くルート等では、例え上級者でも一つや二つの道迷いは常識です。ただ間違いに気づくのが早く、戻ったり修復するのが、上級者程早く楽に出来ます。例えば山頂から尾根を一つ間違えて降っても、三分で気づくのと十分で気づくのでは天地の差が生じます。道に迷いそうな方は、これらを留意しながら、次の項目について心掛けて頂ければと思います。尚一言付け加えるなら、鈴鹿は北アルプス等と違って、標高が低く人里も近いので、迷ったからといって、必要以上に恐れることはありません。いざとなれば、道があろうと無かろうと、慣れていれば何処へでも降れるのが鈴鹿の山なのです。
1要所ごとに(休憩をとり)地図と現在地を照合し、時間を記入しながら位置を確認して歩く。
2地形図と磁石を携行して、尾根を移ったり山頂から降る時は、方位を確かめ、地図のコースと照合する。
3歩く前に地形図上にコースを書き入れ(鉛筆で)地形を理解して歩くと地図を読む力がつく。
4地図と実際のコースが違ったと気づいた時は、山頂や直近の正規の場所へ戻ることをまず考える。
5それが無理な時は、現在地を推測して、林道・鉄塔巡視路・駐車地・集落の方位へ近くの尾根に乗って降る
(シルバコンパスがあれば便利)
6 往路の途中でもガスが出て視界が悪くなった時は下山する。
7日没時間と天候に注意して、所要時間を見て山行計画を立てる。
8 初級者だけの山行は難易度Aから始める。B以降は、山の会や同好仲間の案内者について歩くのが無難。
9 登山道や尾根筋には、テープやビニール紐を縛した立木をよく見かけます。これは登山者が道に迷わない為
に付ける目印で、迷った人を誘導する目印ではありません。
B 危険な道の対策
鈴鹿のハイキングコースは、遊歩道のような道も沢山ありますが、崩壊したガレ脇とか、木の根を掴んで登降する岩尾根とか、崖に沿った細い山道等「ここで転落したら大事故になる」と、身のすくむ思いをする箇所も少なくありません。また、それ程でなくても、転んだり頭を打ったり、マムシや山ヒルに咬まれたりの危険にも遭遇します。山歩きがこれらを避けて通れないならば、むしろ前向きに、危険に挑戦するつもりで歩くしかありません。
1初心者も交えて団体行動しながら、十年二十年と無事故で過ごす山の会も珍しくありません。歩き慣れた人がリードしながら、慎重に集中力を持って歩けば、重大事故はそうそう起きるものではありません。
2ハイキングコースの岩場等は、必ず巻き道や明瞭な踏み跡があります。但しそれが解らないと大変です。巻き道と踏み跡とか、歩き易い所を選ぶことが「ルート読み」で、それが充分出来ない時は、上級者について歩くのが望ましいと思います。
3特別危険な所は固定ロープや鎖がありますが、誰かが携行ロープを持参していると、初心者等が安心して歩ける場合が多いです。
4山ヒル対策としては、ズボンの裾を外に出さず、裾を目の細かい靴下の下に入れ、スパッツをしてその上に「ヤマビルファイター」等をスプレーしておくと効果的です。
C 体力に応じて歩く対策
道迷いや危険度程深刻ではありませんが、体力以上のコースを歩いて途中でへたばってしまい、仲間に迷惑をかけたり自分が辛い思いをしないように、体力に見合った歩き方も大切です。といっても本書のコースは九割方が七時間以内の行程で、山の会に参加する初心者でも、殆どの方は歩き通しています。ただ山歩きは、心臓に負担のかかる登りと、足に負担のかかる降りの繰り返しですので、特に肥満や老齢の方は、始めにランクAやBを歩き、自信を付けてからCやDに挑戦することが望ましいと思います。