鈴鹿山地のほぼ中央を東西に横断する国道が八日市から石榑峠を越えて、三重県の大安町に抜ける八風街道である。八日市から永源寺ダム湖を過ぎ、尚も広く良い道が続いた後、最奥の集落・杠葉尾近くに、銚子ヶ口の登山口がある。銚子ヶ口と言っても、鈴鹿の最奥部にあって、人里から見えず又遠望出来る際立った山頂もない。県境沿いの釈迦ヶ岳(松尾尾根頭)や水晶岳から、台地状の頂きに、小さなピークを連ねた山容を、ようやく見付けることが出来る程度の、目立たない山であるが、歩き易い登山道がほぼ一直線に続き、東峰の山頂に立つと、鈴鹿山脈の全景をど迫力で望むことが出来る、まさに山歩きの醍醐味を感じさせる『鈴鹿の名山』の一つである。
八風街道を八日市から東に向い、紅葉尾の集落へ入る分岐を右にとってバイパスを過ぎると、大きな流れの神崎橋に着く。ここを通り過ぎない様に注意し、橋脇の空地に車を置いて歩き始める。来た道を5分程戻ると、集落へ入る分岐を過ぎたすぐ左手に、大きな銚子ヶ口の標柱と、トタン小屋のある登山口に着く。尚1台だけなら脇にも駐車出来る空地がある。(三重県側から石博峠経由で来る時は、冬期通行止に注意する)
水田の間から南へ歩き、通水路を跨いで山道へ入ると、すぐに良く手入れされた植林下となる。道脇には『銚子ヶ口岳130分』と書いた看板が5分刻みで執拗に現われるが、高度が上ると植林の上から岳や不老堂の展望が開けてくる。道はやがて尾根の左を巻く山腹道となり、左は深い谷へ落込む急崖となる。ガレを越えて『105分』の標示辺りから、山肌には植林と雑木が混じり合ってくるが、道脇には樅や松の古木が目立つ様になる。踏み跡を覆う倒木を跨いで山腹を過ぎると、ようやく尾根上に出るが、須谷川からの谷道分岐を過ぎた後、岩の多いヤセ尾根を越えると、今度は尾根の右に出る巻道となる。潅木や夏草の茂る踏み跡は、右側が深い谷際で緊張するが、正面に目指す山頂が見え出した後、徐々に近づいてくる沢音と共に沢に出る。沢に沿って歩きながら4回程渡渉を繰り返すが、沢の周辺の植林下は、踏み跡が不明瞭となり、テープを頼りに前進する。『30分』の標示辺りから、周囲が明るい二次林に変ってくる。源流近い涸れ沢沿いに、両側から落込んだV字状の谷間は、尾根の傾斜面に、低い笹とブナやミズナラの二次林が密生して、良い雰囲気を醸し出している。紅葉や新緑の頃は更に良い雰囲気に包まれるだろう。周囲に目を奪われながら、明るい稜線に出た後、低い笹とカヤトに覆われた踏み跡を一登りすると、東峰の山頂に着く。樹木が無く草原状の山頂は、四周に雄大な展望が拡がっている。わけても東に連なる主脈の稜線は、釈迦ヶ岳を中心に北は伊吹山から霊仙山を望み、南は台形状のイブネ・クラシの上に雨乞岳が迫っている。東峰から西に向って雑木の中の踏み跡を辿ると、5分程で三角点に着くが、こちらは木立の間から南の一面だけが開けている。銚子ヶ口の山頂域は、三角点から更に西へ台地を延し、四方に似た様な峰を分散させている。時間が許せば夫々の峰を訪ねるのも、違った展望があって面白いが、1峰の往復に1時間程度が必要で、三角点から見ると意外に遠く感じられる。無理と思えば三角点から来た道を戻れば良い。